医師と患者の狭間で
第19話・腰痛を患って
第20話・保健医療の矛盾
第21話・身近な医師の死
第22話・カナダからの手紙
第23話・チームワーク医療
第24話・出生率低下を考える
第25話・妊娠とスポーツ
第26話・胎児異常の出生前診断
第27話・患者さん先生!
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腰痛を患って
朝、顔を洗っていて急に腰の力が抜けるような痛みに襲われた。今迄にも何回となく腰痛に悩まされていたが、その都度、けんいん牽引したりコルセットを装着し数日で痛みが治まっていた。
今回ばかりは痛みが強く、坐薬を使うことにした。診療の時、患者さんの腰痛に対し「痛みが取れない場合使うように」と、坐薬の使用を指導していたが、自分で使うのは初めてのことだった。挿入直後の違和感に改めて患者さんの気持ちが分かる気がした。必死の思いで横になっていたが、痛みはなかなか治まらず、非常な不安を覚えた。
心配そうに腰を指圧しようとする妻や子供達に、「急性期は安静が大事だから・・・」と断って様子をみていたが気持ちは焦るばかり・・・。痛みは軽減するどころか右下肢のしびれが強くなり、腰痛も我慢できない状態に、妻が見かねて指圧してみようと言う。恐る恐る妻の言うまま体を預け、しばらく指圧を受けた。足のしびれも幾分良くなり、腰痛も軽くなってなんとかその夜は眠ることができた。
翌朝、患者さんの診療の前に牽引してもらうつもりで、いつもより早く病院に向かった。その後、何回も痛み止めを内服しながら過ごしたが、腰痛は治らなかった。私にとって長い一日に感じられ、不自由な姿勢で過ごしていた夕方、妻から電話をもらった。友達に「お医者さんに対して失礼かもしれないが、騙されたと思って一度○○治療院に連れて行って、マッサージ・鍼(はり)・灸(きゅう)をしてもらったらどうか」 と言われたのでこれから迎えに行く、という内容であった。妻にとっても、居ても立ってもいられない一日だったようである。痛みもあり、不安も強かったので半信半疑の気持ちで、迎えに来てくれた妻と一緒に訪ねることにした。
診療室では中年の女性がマッサージを受けている最中だった。言われるままにベッドに横になり、マッサージ・鍼・灸を受けた。初めての経験であり緊張していたが、「眼が疲れている。便秘も」等と話しかけられているうちに幾分気持ちが和らいできた。お灸の時、奥さんが部屋に入って来て手際よく助手を務めていた。この時初めて治療師が全盲であることを知らされ、慣れた動きに驚いた。指先の温かさを感じながら、ふと以前、外来である患者さんが私の腰痛を気遣って『神秘の骨・仙骨に無痛ショックを与えると病気が消える』という本を送ってくれた事が思い浮かんだ。その時彼女は、「西洋医学も良いと思いますが、東洋医学は手で触れながら病気を治すんです。先生!ゴルフは腰に好くないですって!」と言って帰って行った。
診察室で痛いと訴えられると「それではこの薬を使ってみましょう」と、忙しい外来とはいえ、処方だけで済ますことが多い自分が急に恥ずかしく思えた。
周囲の人々に心配をかけたこの度の腰痛。この経験はこれからの医療行為に少し役立つような気がする。
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保健医療の矛盾
1人で100人以上の外来患者さんを診なければならない状況では、個々の患者さんに対応する時間に限りがあり、果たしてどれだけの説明ができるだろうか。
「心配で・・・」と診察室に入って来たご婦人。既に他の医師に診てもらい、薬を飲んでいるという。「この薬を飲むと数日後に生理のような出血があると言われたでしょう?」と尋ねると、「何もおっしゃいませんでした」とこんなやりとりをする事が少なくない。
病状を図に描いて説明し、薬の飲み方について十分説明して帰しても、診察室を出てしばらくすると受付で薬の飲み方を聞いている患者さんがほとんどである。忙しい中でできる限り話をしているつもりだが、医師や看護婦にとって常識的な事でも、悩み抜いてやっと診察に訪れた患者さんにしてみれば、気持ちも動転していることが多いのか、その場で一応納得したつもりでもさっぱり理解していないというのが現状なのだろう。
常々「よく説明して、納得した上で・・・」と思っていても、長い時間待つ大勢の患者さん、山積みされたカルテ等を見ると、その瞬間からそんな気持ちはどこかに置き忘れ、数の診療を強いられている。
最近は、医療分野への高額な医療機器やディスポ製品(使い捨て)の売込みが激しい。以前からHB抗原陽性、梅毒検査陽性等の患者さんの手術には、血液汚染による感染を防ぐために、手術衣や手術布等にディスポ製品が使われている。エイズ感染が大きく取り上げられてからは特に、ディスポ製品の進出はめざましいものがある。しかし、手術時に使われるディスポ製品にどの位の費用がかかるか試算すると、手術の技術料に含まれる材料費の何倍にもなり、手術料をはるかに上回ってしまう場合もある。
また、新聞紙上で試験管ベビー・生体肝移植・脳死・生命倫理等の問題が大きな話題となっているが、実際の現場での苦労、必要な経費等についてはあまり問題にされていない。日本の医療は保険制度という大きな制約の中で行われている。年々増加する医療費の問題もあるが、多くの矛盾のツケは患者さんや医療関係者へと回されている。
<人手をかけ、時間をかけ、十分な説明と十分な理解を得る>と要求されても、その価値を認められない現状の医療制度。
一生をかけて磨いた診療技術も、材料費が技術料を上回る状況が続けば、外科医はやっていけない時代が来るのでは、と危惧する声もある。
保険制度における矛盾や歪みに、患者さんを含め医療関係者は真剣に取り組む時代が来ているのではないだろうか。
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身近な医師の死
秋は学会に出かける機会の多い時期である。この時期になると、学会で上京の折信州の実家に寄る車中で、同級生と出会ったことが思い出される。私は大学の入学試験で彼と出会った。受験番号が1番で、私の列の一番前で試験を受けていたので、印象深い一人であった。
彼は、次から次へと繰り広げられる車窓の紅葉絵巻に一人見入っていた。彼とは卒業以来5〜6年振りの邂逅であった。松本の学会に出張するところだと言って、再会を喜んでくれた。約1時間の車中での話題は、卒業した友達のことが主であった。
当時は、インターン制度が廃止され、卒業するとすぐ国家試験を受けることができたが、研修は自主研修という形で行われていた。私は内科・麻酔科を6ヶ月ずつ研修して、産婦人科の道を専攻していた。彼は卒業して静岡の研修病院で研修後、郷里の病院に赴任し、外科医として肺癌の研究に取り組んでいた。
同窓会には是非出席すると言って別れた。その後の彼の消息は、郷里の病院で肺癌研究会などを作って活躍していると聞かされていたが、会う機会はなかった。
昨年、卒業20周年の同窓会が行われた。既に、3人の同級生が亡くなっていた。彼が、3人の内の 一人になるとは当時夢にも思わなかった。ニコッと笑った目と口元が魅力的で、患者さん達からとても信頼されていたという。4年前になるだろうか同級会の席で、彼が肺癌の手術を受けたことを知らされた。彼は肺癌の専門家で、自分で診断して東京から専門医を呼んで手術をし、経過は順調のようだと聞かされていた。ところがその2年後に、医師としての未練を残したままこの世を去って行った。雨の降る告別式に、同級生と参列した。多くの人達が彼の死を悼み、別れを惜しんだ。
病床から患者さんの診察に出かけ、倒れるまで自分の病気と闘っていた姿を聞かされ、また死の間際に「チクショウ!」と言って死んで逝ったことを聞かされた。皆思わず目頭を押さえた。
自分の専門とする肺癌で自ら苦しみ、最後まで闘いながら死を迎えなければならなかったことへの<無念さ>が、「チクショウ」と言わせたのだと思う。脳への転移、放射線治療や化学療法での副作用と闘いながら治療に専念する姿を、多くの患者さん達も見ていたという。そんなことも構わず医師として最後まで生きたかったのであろう。
<医者の不養生>とよく言われるが、他にも具合が悪いのを隠し、自分自身で処方しながら痛みや苦しみに耐え、周りの人が気が付いた時には手術もできない状態でこの世を去って行った医師を何人も見ている。今、医師の中で自分の身体を気遣う時間的・精神的余裕を持てる人は少ないように思う。
医師としての未練を残したまま、奥さんや子供さんを残して去った身近な先輩医師や友の冥福を祈ってやまない。
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カナダからの手紙
朝、出勤するのを待っていたかのように机上の電話が鳴った。
以前大学教授の秘書をしていた女性からだった。
「今イタリアに住んでいる友人が帰国して、日本でのお産を希望しているのでお願いしたい」という内容であった。
彼女の依頼の電話を受けてからだいぶ日にちが経って、その友達が外来を訪れてきた。小柄な体格をしたその女性は、イタリアで診てもらっている時、「妊娠月数に比べておなかの子どもが小さいようだ」と言われ心配なこと、初めての妊娠や一人で帰国したこと等、診察の間話していた。
早速、超音波(エコー)で胎児の発育状況を計測してみると、予定日より約2週間成育が遅れていると思われた。「今後の経過を注意して診ていきましょう」と話して帰宅させた。
しばらく経ってから「出産はカナダでしたいから、紹介状を書いて欲しい」と申し出てきた。事情を尋ねると、「夫がイタリア人で、生まれてくる子にはカナダ国籍を取得させたいと二人で話し合ったからだ」と言う。高齢出産であること、予想される胎児の発達の遅れ等、問題が無いわけではなかったので日本での出産を勧めたのだが予定日の2ヶ月前にカナダに発って行った。
忘れかけていたある日、バンクーバーから一通のAIR MAILが届いた。無事出産を終え、毎日悪戦苦闘で育児していることや、カナダでの医療システムの状況等が書かれていた。
各自ファミリー・ドクター(以下略:F・Dr.)を持ち、F・Dr.を通じて専門医を紹介され、すべての医療に関するチェック等は紹介された専門の人に依頼するため、日本の医師のように自ら超音波の機械を操作することはなく、触診だけの診察が当時不安で仕方なかったとも。
最終的に分娩前なかなか児頭が下がらず、緊急の帝王切開による出産になったことや、手術の時、すべてのことが分業化されていて驚いたこと、そして保険が無いため一日病院にいると20万円かかり2日で退院したという。幸いなことに、小さいと思われた赤ちゃんは3180gあり<輝生・Michael>と名付けられ、生後1週間目の写真が1枚同封されていた。
「今思えば、日本の医療システムの方がきめ細かく感じられ感謝している」と結んでいたが、外国との医療の違い等色々考えさせられた一件である。
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チームワーク医療
お産でも手術でも一人でやるには限界がある。患者さんとの出会いは<一医師と患者>として始まるが、入院すると病院のスタッフ全員との関わりの中で実際の治療が行われていく。中でも、患者さんと一番多く接しているのは看護婦ではなかろうか。入院中の患者さんの病状は、看護婦からの報告が大きな比重を占めることになる。ある患者さんの闘病日誌に、「脈を測りに来る看護婦の手の温もりは来るたびに違って、その時の看護婦の状態が手に取るように感じ取れる」と書かれていた。それだけ、患者さんから見ると常に身近にいる看護婦のことが気になり、また、頼りにしているのだろうと思う。しかも、驚くことに患者さん達は医師を中心とした看護婦達とのチームワークの良し悪しを正確に見ている。実際の医療は、一人の医師だけでできるものではなく、看護婦や病院のスタッフ全員の協力のもとで行われている。そのことは、患者さんが一番よく知っている。
通常、何もなければ必要な処置が済むと次の診療に取りかかり、その患者さんのことは殆ど頭から消え去っている。
「おめでとう、元気な男の子ですよ!」と言ってひと安心していても、しばらくして「先生、産後の患者さんの出血が多いのですが・・・」と報告されて行ってみると、ショック状態寸前になっていて、緊急処置によって大事に至らずに済んだ事もある。また、術後の患者さんがトイレに行くために歩いた後、具合が悪くなったとの連絡を受け行ってみると、血圧が下がり胸部苦悶を訴えていた。肺血栓症と診断され、一命を取り止めたことも・・・。
常日頃、医師と看護婦をはじめとしたチームワーク医療がいかに大切かと声を大にして理解し合っていても、医療の現場はそんなに格好の良いものではない。実際には、採算を無視した医療はできないこともあり、限られたスタッフで<質の医療>というより<数の医療>をしなければならないことが少なくない。
結果として、そのしわ寄せは医療現場の看護婦はじめ、医療従事者へと向けられ、最後に一番立場の弱い患者さんへと向けられていくことになる。
このような状況で、一旦異常が起こったりすると「もっと早く!」と看護婦に声を荒立てながら指示することもしばしば起こる。感情を抑え、緊張して介助する看護婦に対して“イケナイ”と思いながらも・・・。緊急事態を切り抜け冷静になった時、「大きな声を出す時は、余裕がない状態と思って理解して欲しい」と弁解することもしばしばあって、「先生、そんなに看護婦さんを怒らないで・・・」と患者さんにたしなめられる一幕も。一分一秒を争うとき、誰に余裕等あるだろうか。
それにしても入院した患者さん達は、我々スタッフが想像する以上に医師と看護婦をはじめとした、自分達を取り巻く人達の状況を素早く把握している。それだけ自分の病気に対して真剣になっているのだろう。
<チームワーク医療>とは、<思いやり、愛の医療>だと思う。そのためにも、もっと自分自身が努力しなくてはと思うのだが・・・。
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出生率低下を考える
「おめでとう!また女の子だったネ。もう一人頑張って男の子を産んで下さい」
「もういいです、二人で」
こんな会話を出産後の母親と交わすことが多くなった。三人欲しいけど二人でよいという夫婦が増えていることは日ごろ感じていた。そんなところに、昨年我が国で『合計特殊出生率1.57』と報じられて驚いた。
合計特殊出生率というのは、一人の女性が生涯に産む子どもの数で、人口を維持するための合計特殊出生率は2.1と言われている。我が国の女性が産む子どもの数が、二人以下になったわけである。昨年の出生数は124万3000人で、統計を取り始めた明治32年以来最低を記録し、合計特殊出生率1.57は、昭和41年のひのえうま丙午1.58をも下まわり、低出生率の問題は社会的にも大きな問題になっている。
お産や人工妊娠中絶等を扱っている一医師としてはこの問題に無関心では居られず、昨年11月東京で行われたシンポジウム『2020の衝撃〜出生率低下と変わりゆく日本社会〜』にスタッフと共に参加した。会場は熱気に溢れ、大熊由紀子氏の司会で始められ、津島厚生大臣(当時)、鈴木経団連会長、竹内宏、上野千鶴子、見城美枝子、ヤンソン・柳沢由実子氏と、そうそうたるメンバーがシンポジストとして活発な討論が展開された。
「我が国における異常な低出生率は、目前に迫った高齢化社会・年金・保険医療制度の崩壊にもなりかねない問題を含んでおり、また経済大国日本にとって、労働力不足といった深刻な問題にも発展することが予想され、<産む・産まない>という問題は、個人としても、行政や企業経営者としても積極的な対応をしていく必要性を感じている」との発言。
一方、女性のシンポジストからは「ここまで女性が変わってきているのに、男性は昔ながらの意識から抜け切っていない」といった意見が相次ぎ、「低出生率は自然に起こったと思われては困る。経済中心に発展した、またそれを推進してきた行政・企業側の責任は大きい」との批判も出された。
最後に司会者が、「1.57という数字は、男性が相変わらず仕事中心で、女性が家庭と仕事の二つを持ち、潰されそうになっている悲鳴とも考えられる。男女が真の意味で平等になり、家庭にしっかりと関われる余裕のある社会に変えていくことが必要ではないだろうか。子どもを産まないのは、未来に期待が持てないという危険信号かもしれない。社会のために個人があるのではないという論議を深めるためにも、1.57という数字を一つのチャンスにしたい」という内容で締めくくられた。
来年、新潟で日母大会が開催されるが、ここでもこの問題を討論する予定である。
今、低出生率に関する県内アンケート調査を行っている。その中の一つに「病身の母を一人で抱えて婚期を逃してしまいました。混み合う外来で時間が無くて記入できなかったので郵便で送りました」と添え書きされたアンケートがあった。
46歳と書かれていた。
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妊娠とスポーツ
妊婦さんが「マタニティ・スイミング教室に行きたい」と言って診断書を希望することがあり、状況が分からないまま書くことが多く困っていた。特に最近は、水泳ばかりでなく「エアロビクスをしたいが、おなかの赤ちゃんに悪い影響はないか」等と聞かれることもあり、妊娠中の運動・スポーツに対して無関心でいられなくなってきた。
昔の人は今のように電化製品等無かったので、大きなおなかを抱え、タライで洗濯したり拭き掃除等四つんばいになって行うことが多く、出産直前まで体を動かしていたと聞く。今は、多くの夫婦が1〜2人の子どもしか産まなくなり、丈夫な子どもを産むためであれば例えお金がかかっても、他人が良いということにはすぐ飛びついていく風潮がある。一種の流行のように思えたマタニティ・スポーツも、やっと母児にとって安全であることが分かってきた。今迄も、各施設ごとには妊娠中に妊婦体操等の指導が行われてきている。しかし、コマーシャルベースの妊娠中のスポーツに対して、適切なアドバイスは必ずしもできていなかったのが現状である。
そんなこともあって、昨年ある学会を主催した時に<妊娠とスポーツ>と題した特別講演を企画した。たまたま、自分の休みを利用して新幹線で東京に通いマタニティ・ビクスのインストラクターになった助産婦と医師の協力を得て、懇親会でマタニティ・ビクスを実演することができた。マタニティ・ビクスを始めて、おなかも引っ込み筋肉質になった医師を先頭に、レオタードに身を包んだ3人の助産婦の姿に、驚きとどよめきの声が上がった。それがしばらくすると、レオタード姿の美しさから、運動の激しさに対する驚きへと変わっていった。参加していた看護婦や助産婦もステージに上がり、会場全体がエアロビクス一色になっていた。
マタニティ・スポーツの研究はまだ始まったばかりで、これから解決しなければならないことが多い。スポーツによって母体に生じる変化、例えば運動時では母体の体温は上昇するが、正常な状態では、胎児体温は母体体温よりも高く、この関係が逆転してくる。その結果、母児間のガス交換や物質代謝に影響が出て、動物実験では妊娠初期の高熱により胎児に中枢神経系の異常が発生するという報告がある。また母体体温の上昇が子宮収縮を引き起こし、流・早産の危険が高まるといわれている。
このように、マタニティ・スポーツの危険因子やマタニティ・スポーツを中止する条件等妊婦さんの体の変化を考慮に入れた、安全な運動強度や種類等、妊婦さんが安全でかつ楽しくできるための指導規準の作成が急がれている。妊婦さんが健康で精神的にも安定した状態で、丈夫な子どもを産んでいくために、多くの人達が努力している。安心して妊娠中のスポーツに参加できるように、また積極的な援助ができるように努力していかねばならない。
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胎児異常の出生前診断
トラウベ(胎児の心音を聞く器具)だけで妊婦健診をしていた時代と違って、外来での妊婦健診では必ずと言ってよいほど、超音波診断装置が使われるようになった。この超音波診断装置が普及したことによって、出生前に胎児の異常を発見できることも多くなり、その早い対応で多くの子ども達が救命されるようになった。しかし、異常が見つかってもどうすることもできない場合もあり、元気な子どもの誕生を待ち望んでいた家族、特にその母親の不安を掻き立てるだけになってしまうケースも少なくない。一方、生まれるまで異常が分からなかったような場合には、時にはトラブルの原因にもなってくる。
妊娠20週の妊婦さんが女の子を連れて診察に来た。超音波の画像を見入る妊婦。ほとんど羊水が無く、胎児の発育が悪い。検査に時間がかかる。
「先生、どこか異常でもあるのでしょうか?」
一瞬言葉に詰まったが、1週間後に再検することにして帰した。1週間後も胎児の発育が悪かったために、臍帯(さいたい)から胎児の血液を採って染色体検査をすることにした。その夫婦は検査の説明を受け、不安ながらに同意したが、幸いなことにこのケースは異常が無く、検査後羊水も増加し、胎児の発育も順調になって無事出産した。
このように染色体異常の有無を検索しなければならないケースもあるが、現在の優生保護法では、胎児の異常が見つかっても妊娠中絶の理由としては認められていないために、こうした検査はややもすると診断をするだけで、その結果夫婦を深い悲しみのどん底へと追いやることにもなってしまう。
周産期医療の進歩は、胎児が母体外で生命を保持することのできない時期の基準が、平成3年1月1日より妊娠満24週未満から満22週未満に改められた。このような状況の中で、胎児の異常が見つかった場合、一体どうすることができるだろうか。特に致死的な異常が見つかったような時は・・・。
妊娠30週、出血のため母体搬送されて来た妊婦がいた。胎盤の位置の異常等が無いか、何回も超音波検査をする中で、胎児のだいたいぶ大腿部に大きなしゅ腫りゅう瘤が見つかった。それが一体何であるか診断できないまま早産になってしまった。超音波診断のとおり、大腿部に大きな腫瘍があり、すぐに新生児集中治療室に収容された。おなかの中にいる時から異常を知らされていた母親は、お産の後しきりに子どものことを聞いてきた。「先生方が一生懸命にやっているので心配ないですよ!」と励ます言葉に、信じ切った笑顔が返ってきた。容態が急変し緊急手術となったが、無事大きな腫瘍が摘出された。しかし病理検査の結果は皮肉にも<平滑筋肉腫>であり、術後間もなく小さな“生命”は両親の思いも空しく消えてしまった。生前の胎児の異常を見つけることの重要性はよく分かっていても、時には空しさだけが胸を突き刺すことも少なくない。
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患者さん先生!
いつものように、「おはよう!気分はどうかな?」と声を掛けながら病室に入って行く。「お父さんは笑うと前歯が出てビーバーのようだ」と子どもに言われているので、気を付けながらも笑顔を絶やさないように心掛けている。
「先生の笑顔ってとてもかわいいですね」と言われると、お世辞と分かっていても気分は悪くない。ますます目じりを下げて笑顔になる。しかし、そんなことで喜んでいるとすぐに心の中を見透かされてしまう。経過の長い患者さんは、ちゃんと自分の状態を医師や看護婦以上に分かっている。顔色ひとつで、自分に対して今どんな事をしようとしているのか予想できているのである。
「今日の先生の笑顔はいつもと違う!なにかあるんでしょう。今度はどんな治療ですか?私にはあの治療はどうも合わないようで・・・。前にしてもらった治療のほうが・・・」 「先生!そろそろ白血球が減ってくると思います。調べて下さい。『うがい薬』を出してくれませんか」といった調子で、治療に対して牽制(けんせい)したり希望を出したりしてくる。そんな時にはこちらも負けてはいられないので「○○教授(患者さんの名前)の言うとおりです。○○さんには医者は要らないようですね」と切り返すと、ニヤッと苦笑いしながらも真剣に自分の主張を押し付けてくる。長く入院されている患者さんの場合、こんなやり取りが治療に必要なことにもなる。私達にとって素直な患者さん先生のことが多い。
これが外来患者さんの場合には少々厄介になってくる。お互いに理解できていない状態にあるのに、自分の病状を<○○>と決め込んで診察に来られる場合である。特に患者さんのこれからの人生に重大な影響を及ぼす病状があり、手術や入院治療が必要な場合、「私の体は、私が一番良く分かっています。東京に行くと、『○○療法』というのがあって、○○さんがそれが良いというので結構です。私は手術が嫌いですから・・・」と、心配で診察に来ながら自分の言いたいことだけを言って耳を貸さない。つい声も大きくなり、あらわになってくる。最終的には納得することが多いのだが、何回説得しても駄目なケースもある。特に同じような病状の患者さんから「手術なんかしても治らない。(どこどこに) ○○先生がいるから行ってみなさい。食事療法だけで治るから・・・」等と聞かされていたりすると本当に厄介であることが多い。今、手術をすれば完全に治ると分かっている患者さんの場合には、“自業自得”だと割り切ることもできず、あらゆる手を尽くすことになる。それでも聞き入れない患者さんもおり、誰がそうしたとは言わないが、やり切れない気持ちになる。
しかし、患者さん先生は色々な事を教えてくれ、貴重な存在のことが多い。寝たきりの生活が続いているSさんもその一人である。
「先生、手を握って!今日の先生の手は冷たくて気持ちがいい」と言って、痛みに耐えながらも笑顔で手を握ってくる。その目を見ると、何を言いたいのか痛いほど分かるだけに、黙って笑顔で握り返す。そんな時、「自分の笑顔はどんな笑顔として患者さん先生には映っているのだろうか」と考えてしまう。
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